| 世界遺産の知床半島を巡「先住民族エコツアー」は、アイヌが案内人をする。
出発時には祈り。
狩りや採集で森へ入るアイヌが、カムイ(神)にささげているように。
ツアーは、舟造りに夢を寄せる男2人が出会い始まった。
1人は札幌の結城幸司(44)。
父、庄司は70年代のアイヌ解放運動の先鋭だった。
和人の母はそんな父について行けず、家を出た。
結城は8歳の時、神奈川県の親類に引き取られた。
「家庭を壊してまで、主張するアイヌって何だ」。
父親への反発から、結城はアイヌと距離を置く。
そして「カネがすべて」と思っていた20代、働いていた東京の不動産会社が倒産した。
バブル崩壊だった。
途方に暮れて読みあさった啓発本の中に、北米インディアンの本があった。
動植物に神が宿ると借じ敬う彼らと、「花や草はむやみに採られると悲しむよ」と幼い結城を諭したアイヌ の祖母の言葉が重なる。
「懐いた青春の中で、救いをアイヌに求めたんだね」
結城は8年前、札幌に戻る。
丸木舟に板張りを施したアイヌの「イタオマチプ」を造る事業に参加するためだった。
完成した舟は札幌の展示館に納められ、結城はショックを受けた。
「アイヌ文化は、過去を振り返るためのものじゃないはずだ」。
海にこぎ出すため、もう一度、舟を造ろうと決めた。
結城を知床に引っ張ったのがNPO法人「知床ナチュラリスト協会」の代表、藤崎達也だった。
大学を卒業し、東京の白動車メーカーに勤めたが、3.年後、結婚を機に仕事を辞めて知床に移住した。
自然の少ない東京にずっと住み続ける自分を、想像できなかった。 地元のホテルで働き始めてすぐ、ツアーに満足できなかった
中年の女性客を、感の見える絶壁へ案内した。
一緒に歩いただけだが、大書びしてくれた。
自分をとりこにした圧倒的な良然、知床を知ってもらいたくて、ツアーガイドを始めた。
ただ、アイヌのガイドはいなかった。
「知床」という名はアイヌ帯の「地の先、岬」に由来する。
「知床の自然を語るのに、アイヌ抜きでいいのか」 00年、札幌のイベントに参加
した藤崎は、そこで結城が舟を造ろうとしているのを知る。
そのころ、藤崎はケネス・ブラウワーの「宇宙舶とカヌー」を読んでいた。
宇宙船づくりを目指す物理学者の父と、カナダ沿岸で先住民族のカヌー造りを計画する息子の話。
「白分の手でつくれて、世界中に飛び出せる」カヌーにひかれた。
舟の取り持つ縁で知り合った 2人は、アイヌの知恵を語りながら知床半島を歩くエコツアーを始めた。
昨年、結城の友人の早坂雅賀(41)も常駐ガイドとして加わった。
札幌の石井ボンベ(63)もイベントの時に手伝う。
ボンベは、幼い子をさすアイヌ語。親にそう呼ばれていた。
家は貧しく、絵の具が買えなかったので、中学校の美術ではモデル役だった。
「くさい」「犬」と言われ、学校は月に1回しか行かなかった。
代わりに向かったのが、山だった。山菜探りや猟をする父の後ろについて歩いた。
ガイドをする石井の手提げからは、シカを呼ぶ草の笛、胃腸にいい茶など、昔学んだ山の恵みが出てくる。
ツアー申、手作 りの弦楽器で、自作の歌を歌い出す。
「大地を奪われ、言葉を廃止され、文化も禁止され、なぜ、なぜ、なぜ、ノチュー(星)の カムイ(神)よ、ウパシ(雪) のカムイよ、レラ(風)のカム イよ、教えておくれ」
彼らは昨年、長さ6b、直径 1bほどの倒木を見つけた。
皆 で月に1、2回集まって、木を くりぬき、舟造りをする。
完成したら、海のエコツアー にこぎ出そう。舟の名は「レプ ンカムイ(沖の神=シャチ)」 と決めている。 (山田理恵)
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